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レーシングインタビュー百番勝負
2009年05月22日
【インタビュー】4 福山英朗 「君は人生を擲てるか?」

 

 

「サーキットは情熱を持った人間の塊です。

 『君は人生を擲てますか?』

 と僕はまず尋ねるんです」

             福山英朗

 

 

 

         PHOTO/FUMITAKA KUSUMI

 

「耐久レースは人生に似ている」ということをインタビュー前編で解説してくれた「レース界の伝道師」福山英朗(ルマン24時間レースの優勝ドライバー&有色人種初のNASCARウィンストンカップ出場ドライバー)。国境を超え、カテゴリーを超越して走ってきた男が、今週は、レーシングに集まるヤツらの姿を垣間見させてくれるエピソードを語ります。しかし、「人生を擲(なげう)てますか?」って満面の笑みで言われても……! それでは、シグナルブルー!

 

 

 

●いま不況不況と言われているけど、日本のレース界は、実はオイルショックの時のほうがもっとやばかった気がするんです。でも、その時でもレースやっていたでしょ? よくよく考えると、レース人って、たくましいなぁ〜と思うんですよ。

 

「あー、オイルショックね。あったよねぇ。それでもレースはやるんですよ(笑)。やる理由……それはね、情熱、だよね。サーキットにはどこをどう斬ってもレースが好きなヤツらしか集まらないから。情熱を持った人間の集まりですよ。みんな純粋にレースが好きなんです」

 

●三度の飯より、ってヤツですね。それは最高に幸せな場所のひとつですね。

 

「幸せかぁ……。レースの世界はね、たとえば、方や、大学の理工学部を出た同級生が、一般の会社に就職してさ、どんどん出世していくのに、同じクラスで机を並べて勉強して、方や、日本のスーパー天才レースエンジニアになったヤツは、安い月給で経済的には結構たいへんな思いで生きるわけですよ。でも、レースがやりたい。レース、レース。それって、情熱しかないんだよね。

 こんな話をしようか。僕はいまレーシングスクールの先生をやっているんだけど、来る生徒に最初に必ずいうことがあります。なんだと思いますか?」

 

●…………? 諦めるな、ですか?

 

「君たちこれから家一軒分の借金を背負いますよ。背負いますけど、人生を擲(なげう)てますか? といいます」

 

●うわ。未来ある若者への第一声がそれなんですか……。「なげうつ」というのは強い言葉ですね。

 

「それが第一声。この世界、最初っからそうだからさ。だって、30歳になって、レーサーを諦める日が来ます。その時に、自動的に家一軒分のローンが残るんだよ。なのに、当然、家はどこにもないからね。どこをキョロキョロしても(笑)。人生を擲て。出来ますか? の確認がいるわけですよ」

 

●その覚悟がいる。情熱とは不安や言い訳はいくつもあるけど……それでもやりたいか。

 

「そうなんです。擲てる、といえる人だけが、ドライバーのスタートラインにつける。だからね、そういう人ばかりがこの世界には集まるんです」

 

●レース界は「擲ちエリート集団」ですね(笑)。

 

「そうだねぇ〜」

 

●ちなみに、生徒さんに掛ける第二声は何ですか?

 

「『人に好かれる人間になりなさい。そうじゃないと、この世界にあなたのシートはありません』だね。それはどういう意味かというと、ドライバーとして成長していきます。速く走れるようになっていくよね。ところが、レーシングカーのシートというのは限りがあります。

 監督の立場を想像してみてください。今年、誰を乗せようか? ドライバーを決める時、『アイツがいい、いや、コイツを乗せたい』となるよね。そうすると、必ずや最後はふたりが候補に残る。どちらかひとりしかその席に座らせられない、となるわけです。『どっちを乗せる?』って話に煮詰まる。そうしたら、好きな人間を選ぶから。どちらも甲乙付けがたい、となれば、『コイツと一緒に時間を過ごしたいな』ってことで決めるんです」

 

●そういう世界で揉まれていくんですね。そうか……。俺が一番だ、という鼻っ柱の強さと、他人と仲良くやっていこうというのは、一見相反する要素ですが……とくにレーサーみたいな人は、みんな「俺が一番」の人だと決めてかかってました。

 

「そうだよ。でも、レースの人間はみんな爽やかでしょ?(笑)」

 

●めっちゃくちゃ爽やかサンです、みなさん(笑)。

 

「そういう人間しか残っていかないというのはある。でもね、『人生を擲つ』と言いましたけど……、人生、願ったことはすべて叶う。僕はそう思うよ。どんな選択をしようともね。若い頃のライバルたちには鈴木亜久里や片山右京といった、のちにF1ドライバーになる人たちもいた。その頃、F1ドライバーになりたい、と思っていたこともあった。でも、彼らはなれた。僕はなれなかった」

 

●ええ。 

 

「いま思うと、ホンっっっっトに心の底からF1ドライバーになりたかったか? というと、僕はそうじゃなかったかもしれない。F1ドライバーになるということは、家族をほっぽりだして、世界中を旅で回って、ものすごい量の金にまみれる中に自分が晒される。そんな状況下で生きたいか、っていうとさ、僕はやっぱり、家族との時間は欲しかったし、友達と酒も飲みたかったし。だから当時の僕は、F1ドライバーになりたい、と心底願ってなかったんだね。

 つまりね、僕は自分がすべてをコントロールしている、という実感のなかでレースをやりたかったんだ(※福山氏のコントロール感覚については前編を読むべし)。そういう意味では、僕が走ってきたカテゴリー、レース、全部、いつのまにか僕がコントロールしていたんだね。いや、コントロールできる可能性のあるものを自分で選んでいたよね。そう考えると、深層心理で願ったことはすべて叶ってきたんだと思うんだ。人間の人生ってそうじゃないかな?」

 

         PHOTO/FUMITAKA KUSUMI


 

●そうなんですね。まさに、いま証人がひとり、私の目の前にいます(笑)。……ひとつ、いじわるな質問をさせてください。福山さんが一番コントロールが難しかったクルマはなんですか?(笑)

 

「アメリカのNASCARだ、それは。あれはおかしい。みんな頭のネジが一本ない(笑)。そりゃあね、ルマン24時間耐久レースはすごくハードなレースなんだけど、僕にとっては実はそれほどでもなかったんですよ。直線で最高時速400kmくらい出てて、それも夜中に暗闇のなかに突っ込んでいくわけでね……」

 

●あのぉ、これを読んでいるみなさん! 新幹線の営業最高速度が500系とN700系の時速300kmですからね!! 『それほどでもない』わけないんですよ!!!(笑)

 

「それで、『うっわー!』と思うんだけれど、……これが人間ってすごいもので、そんな限界状態にだんだん慣れてきちゃうんですよ。恐怖心がだんだん薄れていく。ところが、NASCARはですね、なりませんでした。NASCARはオーバル(楕円形)のコンクリートの壁の中をアクセルベタ踏みで回っていく」

 

●はい、まるで競輪場でクルマを走らせているみたいに見えますよね。すり鉢の中ですよ、あれは。

 

「もうずーっと、遠心力で外側にズルズル行きます。そこで、ズルッと外に飛び出しちゃったら、エスケープゾーンなんてなくて、すぐ壁ですよ。激突事故。マシン大破。あんなのおかしいよ! 怖かったです。

 NASCARのレギュラードライバーをやっている時、レースの日に宿からサーキットに向かうスタッフが運転してくれるクルマの中でね、赤信号で止まった瞬間、ドアを開けて下りたろか!と思いましたよ(笑)。それくらい怖くて怖くて。わははははは。もちろん、下りたことはなかったけどさ。あれは究極だねぇ〜」

 

●「果て」を見たわけですね、「果て」を。

 

「見ちゃったね(笑)」

 

●そんな福山さんが、いまNASCAR中継の名物解説者としてご活躍中というのが、なんというか、面白い因果ですね〜。

 

「ホントだよっ。だからさー、レースの世界ってのは面白いもんですよ。なにがどう転ぶかわからない。走ってみないと。君もやってみないかい? いっくらでも誘いますよ。擲ってみない?」

 

 

 

PROFILE●福山英朗(ふくやまひでお)

 

1955年8月13日、三重県尾鷲市出身。78年にFL-500でレースデビュー。翌年チャンピオンを獲得すると、F3〜F3000(※現在のフォーミュラニッポンにあたる)とフォーミュラカー路線を邁進。一方で、88年からはツーリングカー耐久レースにも出場し、全日本3連覇、鈴鹿1000km4連覇、筑波12時間耐久2連覇など輝かしい成績を収める。ルマン24時間レースには5度出場し、2000年にはLM-GTクラスで優勝。スポット参戦を続けていたNASCARは、2003年にシリーズ参戦し、ウィンストンカップに出場した日本人最初(どころか有色人種初!)のドライバーとなった。

 

自身の戦記も含む充実したHPはこちら

http://www.hideo-fukuyama.com/index.html

※福山英朗所属プロダクション、株式会社アンカー


 

 

 

 

【後記】

福山さんをインタビューして、「レースの名解説者は人生の名解説者でもあること」と「レーシングは人の人生を濃く強く、ギュッと凝縮したものだ」の2点を深く感じました。ありがとうございました。そして、私スケタケがこれまで取材させていただいた方のなかで、一番の「ホトケさん顔」だったことを追記しておきます。というわけで……

 

         ↓↓↓

   福山英朗さんからのRQピット指令


『サーキットの仕事で、これはさすがにツラかった! という経験は何ですか!?
忘れもしないあの日の一件をテーマに、そこから学んだ教訓を教えてください』

  全レースクイーンに発令中

 

 

 

さて、「インタビュー百番勝負」次回はーー

 

世界のドリキンこと土屋圭市、登場! 「クヨクヨしてんじゃないよ! 殺されはしないんだから(仮)」をお送りします。いや、「米軍が俺のスポンサーになっちゃってさぁ(仮)」にしようか、いま迷ってます。いずれにしても、ご期待ください! レーシング、レーシング、レーシング!!

 

                  (構成・文/スケタケシン

 

 

 

★★★インタビュー百番勝負<過去記事>もあわせてチェック★★★

 

 003 福山英朗【前編】「耐久レースは人生に似ている

 002 鈴木亜久里【後編】「四文字ワードを語る

 001 鈴木亜久里【前編】「スーパーGTは恋に似ている

  

 

 

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