あー、死ぬ、を経験してると悩まない。
あー、こりゃ死なないな、ってわかるからね。
土屋圭市
PHOTO/OSAMU FUJIMARU
世界のドリキン・トーク、インタビュー中編は、前回のD1話から展開して、いきなり土屋圭市の真髄へ、到達!? はたまた、競走中のドライバー視点=どんな腹黒い(笑)ことを考えているか=の手に汗握る貴重な描写、が登場。レーシングドライバーになって、ハンドルを握ったつもりで読めば、熱さ倍増の一編。近くにフリスビーはお持ちじゃないですか? あれば、それをハンドル代わりに握りながら読んで欲しい。それではシグナル・ブルー!
KEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYA
そのレースをもう一回、はできない
一日が必ず終わるのと同じように
KEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYA
●レースの世界の人々とお話をしていると、考え方のなかに、どの方も竹を割ったようなさっぱり感があることを感じるんです。その謎をずっと追っかけているのですが……。
「レース関係者はくよくよしない」
●どうしてなんですか?
「なんだろうね。一日と同じだよね。一日は必ず終わる。終わったことにくよくよしてもしょうがない。明日のこと考えよう。……ってのが強いんじゃない? 落ち込むヤツがいないわけ、結果が悪くても。いちいち落ち込んでたら……それこそ、スポンサーもつかないし、ファンもつかないよね。『次だな』という切り替えがみんな早いよな」
●落ち込みやすい人間がレース業界に入ったら、落ち込みにくい人間に成長しやすいんですか? それとも、もともと落ち込みにくい人が集まってくるんですか?
「変わっていく。ねちねちしてたヤツが変わるよね。俺も亜久里もそうだけど、落ち込んでるヤツみると腹が立っちゃうところはある(笑)。『いつまで考えてんだ、次、同じことしなきゃいいんだよ』という感覚。人間だからミスはするし、一度や二度の失敗はしょうがないじゃん。完璧な人間がいるかっていったらいないわけじゃん? ドライバーがくよくよしていたら、『俺でも亜久里でもミスはしてきたんだから、おまえらみたいな小僧がミスして落ち込んでるんじゃないよっ』と言う。この業界、くよくよは1時間が限度じゃない? よっぽどグジグジしたヤツでも2時間だよね。あとは、次の日、次のレース!!! 明るくカラッといかないとさ(笑)」
●たとえば、性格がねちねちしてるけど、ハンドル握らせるとスンゴイ速いヤツは……いったい、どうなるんですか(笑)。
「それは……速いヤツでもクビになる(キッパリ)。もって数年かな? チームの空気が悪くなるから。そういうヤツは、腐ったリンゴじゃないけど、3日目にはみんなが腐ってきちゃう危険性がある、からね」
●うーむ、レーシングの世界で生き残れる人間のフォームがあるんですね。自然とカラッカラの心になっていく力がかかるといいますか……。
「そうだね。だって、そのレースをもう一回できないだろ? 人生と一緒だよね。たとえば、うち(=ARTA)は小学生から育てているんだけど、夏に、一週間、全国から小学生が親子同伴で集まってきて、一日8レースやるんですよ。負けたから泣いてる子もいます(笑)。そんなときは、『泣いてんじゃないよ、次のレースだよ。次は、同じことするんじゃないよ。くよくよするな、ただし原因を考えなさい』と声を掛ける。一日の終わりには、『何が悪くて3位になったか考えてから寝な。そしたら、明日優勝できる可能性が増えるよ』、と言う」
●レーシングは、何が悪かったかを探し出す機会が、頻繁にくり返される世界なんですかね?
「それは……ピンキリ(笑)。一流チームだとレースの前と後に必ずミーティングをするし。二流チームはアバウト。『がんばろうよ~』で終わる(笑)。作戦もなにもないよね(笑)。トップチームはいまの状況、材料のなかで、どうやったら勝てるか。予選6番手だったら優勝は厳しいけど3位はなれるかもしれない。じゃあどうやったら3位になれるだろうか、と何パターンも話し合いで導き出すよね。レースは水物だから。それだって、人生と一緒だよ。何があるかわからないから。こうなったらどうするか、こうなったらどうするか、何パターンも用意しておいて、レース中に対応していく」
●作戦がないとレースは始まらない?
「そうでしょう。レースが終わったら終わったで、……早く帰りたいんだけど (笑)……必ずミーティングだよね。たとえば、『今日のレースは、ドライバーが30%悪い。メカニックがタイヤ交換で余所より5秒遅いだろ、なら30%悪い。それ管理してるの誰だ? 俺と亜久里だろ。じゃあ、俺と亜久里が30%悪い』とかさ(笑)。俺はわりと率直にストレートな言い方をする。『3位? 喜んでんじゃないよ~!!!』って。勝たないと意味がないんでね」
●あぁ~。『勝たないと意味がない』、そこの設定がありますよね。「僕はがんばってます」で生き残れるかといえば、その程度じゃ、あるいは、それがモノサシに設定されているならば、生き残れない世界だ、というのがレーシングでしょ?
「勝ちを目指さないとやってる意味がない」
●時に愚直な質問。土屋さんはレーシングドライバーとして、速かったんですか?
「たまたまだね。俺が特別速かったわけでもないし。たまたま運もツキも流れもあった。なんかのレースで、他のみんながタイヤチョイス失敗したのに、俺だけ合った、とか」
「トップグループになったら、みんな変わらない。ほかが、たまたまぶつかったとか、エンジンの調子が悪かった、ミッションの3速がなくなった、とかで、俺だけラッキーで勝っちゃったみたいなね。実際、そういうので順位が決まっていく。それがトップグループの世界。トップ・ドライバーの力は変わらない」
●ということは、「速さがどう?」というのが問題になるのは、ずーーーーっと下の段階の話なんですね。
「そうよ。一流のトップはいろんな引き出しを持ってるから。速さ勝負でまともに戦ったら2台もろとも(コーナー)で飛んでっちゃう(=コースアウトする)から。だったら、『競走相手のタイヤを痛めつけてやろう』とか。(勝敗の差は)速さじゃないんだよ。ずるがしこさをいかに出すか(笑)」
●頭脳戦の部分ですか。
「自分が追いかけてるときなんかは、コイツが(コーナーですぐ後ろを行く土屋車におおいかぶせるように)切り込んで来たときに(わざと)コツンと当てれば、もう次は切り込んで来ない、とか(笑)。そうすると、(コースが汚れている)外側にあるタイヤカスを拾うだろうから、2,3回やって、(相手の)タイヤがヘロヘロになったところを抜こう、とかね。
正々堂々の勝負はめったにない。みんなが一流だから、正々堂々と勝負するのはリスクが高すぎる! いかに相手を罠に落とし込んでいくか。プレッシャーかけて心拍数を上げさせるか。ミスを連発させるか。微妙なさじ加減、だね」
●いやぁ~、興味深いです。トッププロのレーシング・ドライブの話をもっと聞かせてください!
「追い風のときは、相手に風を与えないようにして(先行車と車間距離を縮めて)ピッタリつけて、(土屋さん自身は)抜けるんだけど抜かない」
●ががが。抜けるんだけど抜かない……ですとぉーーーー!?
「プレッシャーだけかける。向かい風のときは当然、前が不利だから後ろにいて、ブレーキングのときに、パンと出れば、風とブレーキングですっと後ろにいく。でも、抜かない」
●ががががが? まだ抜かない……ですとぉーーーー!?
「残り5周までじわじわ追いつめていく。『おまえを抜くなんて簡単だよ』、って思わせちゃう。でも、こっちも一杯一杯なんだよ。でも悟らせない。『わ、土屋速い』、と思わせちゃう」
PHOTO/OSAMU FUJIMARU
●うっはー。ハンドルを握っているレーサー目線の景色が堪能できます~。では、反対に土屋さんが先行していて後ろから追いかけられてる位置関係のときはどうですか?
「追いつかれたとき? イライラさせてぶつけちゃおっかなー、とか(笑)。だって、同じ一流だから、そうでもしないと勝負がつかないからね~(笑)。たとえば、相手のほうが4周分タイヤ持ってるなんてとき(※注:タイヤ交換の時期が違っていて、相手が自分より遅く交換していれば、当然、自分のタイヤが早くちびてきて、相手のほうが優勢に立つ。ここでは、土屋氏のタイヤが、相手のタイヤより4周分、先にちびていることを指している)は、1コーナーの飛び込みで、俺のブレーキングポイントを(わざと)早めにかけて、早めにかけて、(コーナーまでの手前)150mくらいでブレーキする」
●あ、騙してる(笑)。
「そうすると向こうは、『土屋は1コーナーのブレーキングポイントは150mだ』と思いこむ。そうすると、向こうは『(タイヤがいい分だけ)俺のブレーキングポイントは100mまで行けるぞ。絶対に抜ける、絶対に抜ける』って思うから。いらいらしてきて、抜ける抜ける、という思いが高まって。で、2,3周して、1コーナー、『土屋ふざけんなよ、150でブレーキかけてるくせに』と向こうがバンっと勝負かけたときに、こっちがスッと100mまで(さっきまでより奥まで)行ってブレーキかけると、あたふたしちゃって、飛んでいっちゃう(笑)。誘い込む」
●すごいわー。それが ”引き出し” の中身の具体的な一部なのか~。つまり、トップドライバーのバトルというのは、「抜くか/抜かないか」のバトルじゃなくて、コースから「出るか/出ないか」のバトルなんですね……。うむ、漫画「サーキットの狼」みたいな(笑)。
「(あの漫画の作者の)池沢さとし先生は実際にレースをやってらした方だから(笑)」
●あの漫画って、実はリアルなんですね~。
「そうよ(笑)」
●漫画ならでは、と思っていたら逆でした。物を知らなすぎました(反省)。
「常に全開で走るヤツは絶対に勝てないよね。周りのヤツに読まれちゃうから。『アイツはここでブレーキングしてここで切り込んでる。ここのコーナーは遅い』、って。『ここが早いんだ』。読まれちゃう。残り10周までは絶対に読ませないよね」
●マシンを使って、演技をしてるんですね。
「そう、それがトップクラスなんだ。だから魅せる。でも、どこの世界もトップクラスはそうだと思うよ、俺は。まさに、魅せる、ってこと!」
KEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYA
人生を変えた碓氷峠の3秒間
心臓が止まるまで、アクセルを踏め
KEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYAKEIICHITSUCHIYA
●前回のお話でも感じましたが、土屋さんが持つ、レーシング・マン特有の潔さというか、躊躇しない強さというのは、レースをやってない人間からしたら、素直にほしいなと思うんです。レーシングを通して、何を学びましたか?
「(レースを)やってようがやってまいが、一日一日が賭けごとだと思うんだよね。生きるってことは。ってことは、悩んでも答えなんてでてこないし、失敗しても死ぬわけじゃないし、だったらやろう、っていう。俺にとってはすごい簡単だよね。でも俺に限った話じゃない。これをやったら死んじゃうと思ったらやらない。殺されないんだったら、まずやってみよう」
●非常にシンプルですね。
「現役のときからそうだよね。『俺が、これで事故って(=クラッシュして)クビになるような男だったら、クビにしろよ』って生き方だから。俺は行けると思うから行って、ぶつかっちゃったんだから、それがわからないんだったら、クビにしたら? (クビにはなる、)でも殺されない。殺されないんだったらやろう。そう思うね(笑)。なんでもそうだよね。考えたことない。まず悩まない」
●悩まない?……うらやましいです! 悩みの種といいますか……こうしたい、って思うことはありますよね、それができないときの考え方は?
「D1を例で言うとね、ある意味、D1は何年かは、俺ひとりでやってきたから。組織がでかくなってきて、ドライバーも5年もいると生意気になってくるわけだよ。もっと金をよこせ、もっといいホテルにしろ、この待遇はねぇだろ、と。『なにぃ? 俺が作ったものが気に入らないなら来なくて結構!』。組織がでかくなってきたら、もっとこうしたほうがいい、あーしたほうがいい、といろんな声が聞こえる。『じゃあ、おまえらやれば? 俺、辞めるわ』、でも、俺は死なない(笑)」
●(笑)死なないですね、死亡はしない、という肉体的な意味で。
「殺されちゃうんだったら、そこで考えるよね。『土屋さん、俺の言うこと聞いてくれないなら刺しますよ』『わかった、わかった、おまえの好きなようにやってみよう?』って(笑)。そうじゃなきゃ、俺が辞めるか、おまえらが出場しなきゃいいだろう、って。でも出てくる。じゃあ、ぐじゃぐじゃいわないで、ついてこいよ。なんか失敗しても……死ぬか生きるか、どっち? ……死なない。……大丈夫、やってみよう」
●その独特の「殺されない/死なない・理論」。土屋さんは、昔、峠を走ってるときに死にそうになってるわけじゃないですか。関係あるんでしょうかね。
「あるよね。あのねー、あー、死ぬかもしれない、ってのが何回かあるわけ。死ぬ寸前まで何かをしてるかどうかなんだよね。たとえばだよ、碓氷峠の走り屋だったころ、4速で『あ、流れた、崖下まで落ちる、死ぬ』……そこで諦めてブレーキだけ踏んで死ぬか、死ぬまでなんとかしてやる、と思うか。心臓が止まるまで何かをしてるのが大事だってことがわかったの。それだけ。
その時にね……、ガードレールにぶつかるまで、とにかくアクセルを踏み続けよう、と(俺はした)。回転が落ちてきた、もうトラクションがない、でもガードレールまでまだある、もう一速、ギアを落としてもう一回、アクセルを踏む」
●いま、一気にたくさんしゃべられたけれど、それは車が流れてからぶつかるまでどれくらいの時間?
「ア、って回ったとたんに、あそこのガードレールをぶち破って死ぬんだろうな、死ぬ、って思った瞬間に、死ぬまでなんとかするぞ! そんで、ぶつかるまでに3秒ある」
●1ミシシッピ,2ミシシッピ,3ミシシッピ。……みなさん、3秒です。このタイム感の刻みのたっぷりさ=濃さこそが、我々一般人とは違う、レーシングドライバーの時の進みの実感なんですよ!!!
「そう、3秒。それまでに、アクセル全開にして(車をさらに)クルクル回して、ガードレールに跳ね返されるっていう(考えが浮かんだ)ね。ブレーキだけ踏んでたら、ガードレールをなぎ倒してそのまま落ちる。もっと力を分散しようと思った。そこだと思う。死ぬまでは何かをしていよう、という。生きてるうちは絶対何かする。だって殺されるわけじゃないでしょ?」
●いちおう、確認しておきますけど、土屋さん、殺されそうになった経験はないんですよね?
「ないことはないよ」
●あるのかいなっ!
「夜中、起きたら包丁持った女がこのへんにいた、とか」
●あー、女ね(爆笑)。
「それは2回くらいあったよねー」
●じゃあ、人生で、崖3回、包丁2回、みたいな感じですね(爆笑)。
「そう! 心臓が止まるまでは精一杯のことをするよね。相手が車だろうが女だろうが。あー、死ぬ、を経験してると悩まない。あー、こりゃ死なないな、ってわかるからね」
●がはははは。超いい話なのに、もう、話しっぷりが面白すぎ……!
「走り屋で、碓氷峠で生きるか死ぬか、で変わった。それまでは悩んでいたよね。死ぬって恐怖だよね。すんごい、いい経験。
死ぬなら……真剣に考えるべきだけど、死なないだろ? だったら、なんでもやってみろよ、って感じ?」
●なるほど。いまもうひとつ、わかりました。怖がってるだけじゃなくて、恐怖から何を学ぶか、汲み出すか、って回路に気づくことがデカイですね。汲み出せるとわかっていたら、「恐怖」そのものを畏れる必要が緩和されますもん。
最後に、全然関係ない質問を思いつきました。土屋さんは、なぜヘルメットも緑色、レーシングスーツも緑色だったんですか?
「え? 長野だから。長野県出身だから。緑だろ。木があって森があって。長野アピール。俺は長野を忘れない。それだけ!」
●あの碓氷峠を? ……いい答えをちょうだいいたしました!
ーーー以下、次回につづく
PROFILE●土屋圭市(つちやけいいち)
1956年1月30日、長野県生まれ。峠や雪道で走り込み、77年に富士フレッシュマンレースでデビュー。派手なテールスライド走行で『ドリフトキング(=ドリキン)』の称号を与えられる。以降、ドリフトの魅力を全世界に広めていく立役者となっていく。レーサーとしては、92年から『チーム国光』(グループA、N1耐久=いずれも当時のカテゴリー)で活躍。95年のルマン24時間耐久レースでは、GT2クラスで、決勝ではピットスタートから「驚異の30台抜き」など数々の伝説的走りで人気者となった。00年代以降は、鈴木亜久里と組み、スーパーGTの前身、全日本GT選手権に参戦。01年には、ARTAで優勝を含む、年間総合2位。03年にレーサーを引退。スーパーGT・ARTAのチーム監督に就任。00年から新たに展開したドリフト走行の選手権「D1グランプリ」シリーズは、ロサンゼルス、シルバーストーン(英)他、マレーシア、上海、ラスベガスなどで開催。趣味は犬の散歩。
次回、土屋圭市、最終話。「俺は光るドライバーを育てたいんだ!」(仮)をお送りします。スーパーGTのレースでは実際にどんなピット指令が出ているのか、などのレアネタも登場。また、レースクイーンについて、語ります。お楽しみに!
(構成・文/スケタケシン)
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005 土屋圭市【前編】「D1では『バカ』が最高の褒め言葉だ」
004 福山英朗【後編】「君は人生を擲てるか?」
003 福山英朗【前編】「耐久レースは人生に似ている」
002 鈴木亜久里【後編】「四文字ワードを語る」
001 鈴木亜久里【前編】「スーパーGTは恋に似ている」